戒名の受戒から宗派による違い
戒名とは、本来、仏教において、受戒(じゅかい※入門するための戒めを受けること)によって与えられる名前です。そのため、生きている間に仏弟子となる事を志願して、戒名を授けられるというのが普通でした。やがて、亡くなった人に受戒の儀式をして戒名を与える事により、故人が仏の弟子となり、さらには仏そのものとなる事を願うようになります。これが、現代における戒名の一般的な意味です。ここでは、もう少し詳しく戒名の概要を説明するとともに、宗派それぞれの戒名の形式について紹介します。
回忌法要とは?回忌法要の意味・回数・成り立ちについて|樹木葬辞典
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回忌とは、故人の祥月命日に執り行われる法要のことです。年忌(ねんき)とも呼びます。葬儀後、四十九日の中陰法要(ちゅういんほうよう)を経て故人は祖霊となり、その後の百ヶ日や一周忌から始まる法要を回忌法要とよびます。三十三回忌(地域によっては五十回忌)まで、死者の菩提を弔うために親族が集まり、寺院を招いて法要を執り行います。
そもそも法要とは、もともとは仏の教えを知ることだったようです。「法」の「要」と書きますからね。これが転じて、現在では仏事全般を法要と呼ぶようになり、やがて死者や先祖の供養儀式のことを指すようになりました。
のちに詳しく触れますが、「中陰法要」は四十九日までの法要、「回忌法要」は四十九日以降の法要のことを指します。また、死者供養だけでなく、寺院で執り行われる仏事行事も法要と呼びます。彼岸法要、施餓鬼法要、落慶法要、開眼法要などがこれに当たります。
インドでは古代より人の生命は没後49日(中陰:ちゅういん)を経て別の世界で生まれ変わると信じられています。これを輪廻(りんね)と呼びます。この中陰の間に、閻魔大王に生前の罪の裁きを受け、罪が重いと地獄に落ちるとされました。そのため、遺族は七日ごとに法要を執り行い、お経の声を閻魔に届けることで、生前の罪を許してもらおうとしたのです。これが、現在の日本でも脈々と受け継がれている「四十九日法要」つまり中陰法要の原型です。
ところが、インドでは死者は中陰を経ると、魂は現世の肉体にも執着せず、どこか別の世界に生まれ変わると信じられているために、その後の3回忌、7回忌などといった法要の習慣というものがありませんでした。インドでは遺体を火葬にしたら、遺灰をガンジス川に流してしまうというのは、現世に未練がないと考えられているからなのでした。
さて、さきほども申したように回忌法要とは、中陰法要つまり四十九日を終えた後の法要のことを呼びます。百か日、一周忌、三回忌、七回忌…と呼ばれる法要はご存知ですよね。仏教の発祥の地であるインドでは行われなかった「回忌法要」が、なぜ日本では執り行われるようになったのでしょうか。
インドで始まった仏教は、日本に伝わる前に中国へ渡ります。しかしインドと中国には決定的な違いがありました。
インドが主家主義なのに対して、中国は先祖祭祀を重んじる地域だったのです。インドの出家主義とは、あのお釈迦様がそうですが、シャーキャ国の国王の息子に生まれたのに家を飛び出し、修行の道へと進みます。現在でも上座部仏教の地域(タイやスリランカなどの南方アジア)では、一族から出家者が出たらその家は代々栄えると言われているほどです。原始仏教の本義は、輪廻は苦から生まれるものであり、その苦から脱するために修行をして解脱を目指すのだと言われています。
ところが中国を含めるの東アジアでは、出家どころか、死者だって死後も家の中にい続けるといった考えを持ちます。生者と死者が共に生きているという死者との共生感、生命の連続性が重んじられてきました。これを体系化したのが儒教であり、死者供養の際に信仰されたのが閻魔王をも含む「十王」でした。インドでは初七日から四十九日まで7回でしたが、中国では百か日、一周忌、三回忌の3回が加わり、10回の裁きがあると考えられたわけです。その後、中国では白骨化した頭蓋骨を自宅で祭祀し、これがのちの位牌になります。生命を刹那的にとらえるインドと、永続的にとらえる東アジアの考え方の違いが如実に表れています。
先祖からの連続性を大切にするのは韓国や台湾も同じで、日本とて例外ではありません。ただ、中国では十王信仰が死者供養に取り入れられてたのに対し、これが日本に入って来ると、十王は十三仏信仰になります。なぜ日本では十三仏信仰が伝わるようになったのか本当のところは分かっていないのですが、十三仏は江戸時代に十王を参考にして作られたと言われ、十三仏は十王の本地(ほんち)だと考えられています。これは、十三仏の王としての化身が十王だという考え方になり、五七日(小練忌)を司る閻魔王は、「地蔵菩薩」とされました。十仏に、七回忌の「阿しゅく如来」、十三回忌の「大日如来」、三十三回忌の「虚空蔵菩薩」を合わせたものが十三仏となります。十王と十三仏は次のように対比できます。
法要 | 中国の十王 | 日本の十三仏 |
初七日 | 秦広王 | 不動明王 |
二七日 | 初江王 | 釈迦如来 |
三七日 | 宋帝王 | 文殊菩薩 |
四七日 | 五官王 | 普賢菩薩 |
五七日 | 閻魔王 | 地蔵菩薩 |
六七日 | 変成王 | 弥勒菩薩 |
七七日(四十九日) | 泰山王 | 薬師如来 |
百か日 | 平等王 | 観世音菩薩 |
一周忌 | 都市王 | 勢至菩薩 |
三回忌 | 五道転輪王 | 阿弥陀如来 |
七回忌 | 阿しゅく如来 | |
十三回忌 | 大日如来 | |
三十三回忌 | 虚空蔵菩薩 |
ちなみに、上の表では十三回忌の次が三十三回忌まで飛んでいますが、十七回忌、二十三回忌、二十五回忌、二十七回忌などの法要を執り行うこともあります。また、五十回忌以降の法要を遠忌(おんき)と呼び、これは宗派の開山などの特別な僧侶の法要として執り行われます。ここ最近では浄土真宗が2011年に親鸞聖人の750回大遠忌法要を執り行い、全国の門徒が東西本願寺に参詣しました。この大遠忌は50年ごとに行われています。
回忌法要は三十三回忌、あるいは五十回忌までします。これは、死者の祀り手も33年や50年もするとこの世からいなくなってしまうためにできたシステムだと言われています。祖父母の供養を父母が、父母の供養を自分が、自分の供養を子が、子の供養を孫がという、先祖の連続性が死者供養に色濃く表れています。三十三回忌や五十回忌で回忌法要を打ち止めにすることを「弔い上げ」や「問い切り」と呼び、個別の位牌は先祖代々のものにまとめます。日本の民俗では、弔い上げされた祖霊は村の氏神となると考えられました。昨今では、親族を招いての法要を一周忌まで、三回忌までとされる方が増えています。昔のように同じ土地に親族が住んでいる時代とは異なるので、いたしかたないでしょう。また、これまでのように先祖や血族の連続性(つまり跡取り)が途絶えてしまい、樹木葬や永代供養などの葬法を選ばれる方は、回忌法要を行わないという方も増えています。
親族が自宅や寺院に集まって、法要を行います。寺院の読経、親族の焼香で死者を弔います。法要の後には参列者で食事をとって、親族間の紐帯を確認しあうという側面もあります。久しぶりに再会した親戚同士で近況を語り合うというのは多くの方が経験したことがあることでしょう。
死者のため、そしてその死者を通じて遺された血族や親族がお互いのつながりを確認しあうのが、回忌法要の目的と言えるかもしれません。
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